満員電車の窓ガラスが割れたら…と想像してしまう日

最近の移動はもっぱら自動車ばかりで、電車に乗ることも少なくなっていました。自動車だと、自宅から車庫までのほんの数十歩を除けばほとんど自宅に居るままと同じ感覚でいられるので、朝起きて顔を洗わないまま、すっぴんをマスクでごまかし子どもを駅まで送迎したりもしています。フロントガラスに映った顔は、明らかに寝起き顔です。でも、先月の子どもの入試の際は、本当に十五年ぶりに、満員電車に乗りました。

十五年前私は、まだ子どももおらず、夫婦共稼ぎで都心にある会社に勤めていました。ある朝、いつもの電車に乗っていると、その事件は起こりました。私の乗っていたのぼり電車の一部の車両が、すぐ横を逆向きに走っていた下り車両と衝突して、死者や重傷者を出す大事故となったのです。私はいつもと違い、前のほうの車両に乗っていたので無傷で済んだのですが、死者が出たのは、いつもだったら乗っていたかもしれない車両でした。それ以降私は電車通勤が怖くなり、そのまま専業主婦になることを選びました。子どもが受験するにあたり、なるべく都心へ向かう満員電車での通学は避けようと思いましたが、まさかのための滑り止め校として子どもが選んだのは、都心の学校でした。そして入試のために満員電車に乗ったのです。

十五年前の事故が嫌でも思い出され、飛び散った窓ガラスや、粘土か何かのように大きくへしゃげた車両が、頭の中によみがえってきます。手すりがありドアと壁に囲まれているので、車体が大きく揺れても大丈夫だと思った子どもの立ち位置は、窓ガラスから近いことに気が付きました。もし窓ガラスが割れたら、子どもは大けがを負ってしまう。そう思ったら思わず、他の乗客の人を押しのけるようにして、子どもを自分の居る通路の真ん中のほうまで、ひっぱって移動させてしまいました。

子どもは小声で私に抗議をし、周囲の人に謝っていましたが、私にはそんな余裕はありませんでした。